自動ニュース作成G
「フランスには冒涜する自由がある」マクロン大統領、ムハンマド風刺画再掲載で
https://www.sankei.com/world/news/200902/wor2009020013-n1.html
2020-09-02 22:23:05
世の中にはいろんな自由があるから、気をつけてね
・日本の新聞ってあまり他国の風刺画書かないイメージ
・フランスはあれほど反政府な国民がそろってて、大陸のど真ん中なのに、どうやって国を維持出来てるのか本当謎。周辺国の謀略に引っかかって端っこから独立運動とか湧いてきそうだけど
・テロ食らったシェルリーを冒涜する自由はなかったみたいだけどね
・#2 今のような自由も、フランスがなくなったら享受できないと分かっているんだろ。
・#4 まぁ国民に反乱起こされたら困るから福利厚生がかなり優遇されてるらしい。と、なると国家をどう運営してるんだ?になる訳で。まぁ元植民地をまだ運用しててその利益が相当あるとは聞くが
・「憎悪はダメだが冒涜は構わない」と言ってる?
・フランス人はあれだけ無茶苦茶をやっても、今こうして無茶苦茶をいっても、フランスという国もフランス人としてもポリシーも文化も、全く揺らいでいない。バカにするよりも、少しは見習う部分があるのではないか。
・批判のやり方とか冒涜という行為の是非は置いといて、暴力に屈して批判を引込めるかどうかって話でもあるからなんとも
・その割にはシャルリー風刺のパロディ画描いた方は袋叩きに遭った様な。
・#9 そりゃフランス人はみんなシャルリーなんだから批判したら駄目だろう。私もシャルリーあなたもシャルリー。笑う顔までおんなじね♪
・デンマークはムハンマド風刺画問題のときイスラムが怒ったら「暴力じゃなくて風刺画でやり返せよ」って言って、イスラムが「じゃあホロコースト風刺画描くけどいいよな」って言ったら黙ったけど、フランスはホロコースト風刺画でもOKなのかな。
・#6 個人と権威を区別しているってことかも。一つの考え方として、参考になる。
・批判はともかく冒涜には悪意がある。リベラルにとって権威は権力者側だけのものにしか思えないみたいだが、それを支持する人からすれば大切にしている価値であり、それへの冒涜は個々人への侮辱でもあると思うんだがな。単なる無理解なのでは?
・まあ、国まるごと京都みたいなもんだし
・#13 冒涜に悪意は要らない。批判と冒涜は時に両立する。神の万物創造を科学や生物学で否定するのを、神の所業を否定する冒涜と信者が捉えても何もおかしくない。ある人物の不適切行為に言及するのが崇拝者には『些細なことで名を汚そうとする冒涜』だったり、古く非効率な形式を改善するのが、伝統を汚す冒涜になったりする。
・#15 受け手が冒涜言うならそうだが、この場合は自ら言っている。
・#16 シャリルの件はまた別に言うが「冒涜の自由」そのもので言えば、悪意なしの批判・否定・風刺でも冒涜に成り得るんだから、誰かにとっての冒涜だとわかっているからといって禁じることは出来ないってのは筋が通っている。それに、発信側がこれは冒涜表現だと宣言して、受け手が誰も冒涜だと思わなければ、誰が何の苦痛を訴えるんだ?
・フランスの記事読むとマクロンは「第三共和国の始まり以来、フランスには良心の自由に付随する冒とくの自由がありました」って言ってる。共和国成立前、良心に基づく君主制への批判が冒涜とされた時代の経験で、冒涜とされるものが許されざる悪であるとは限らないって強い意識が根底にあるのではないかと思う。
・マクロンは続けて「私はこれらすべての自由を守るためにここにいます。ジャーナリストの選択に資格を与える必要はありません。フランスでは、統治者、大統領、冒涜などを非難できると言っただけだ」と言ってる。冒涜は自由だが批判の対象にもなる。
・これは発言の引用ではなく仏紙の要約だがマクロンは『シャルリの漫画には適用されない』『この自由は共通の良識、礼儀正しさ、敬意を意味し差別的な発言をしない義務ある』と言ったらしい。これが#0にある「表現の自由には憎悪を唱えないようにする義務もあるが、風刺は憎悪ではない」あたりの言葉だろう。
・だからこの冒涜擁護はフランス一般の冒涜する権利の話、大統領としてシャルリへの個別の判断には言及しないって文脈ではないかと思う。https://www.vibration.fr/news/caricatures-de-mahomet-emmanuel-macron-defend-la-liberte-de-blasphemer-en-france-34881